両親との食事
クロスバイクで自転車通勤を始めて、
一年ほど経ったある日のこと。
隣町に住む両親と、
一緒に食事をする機会があった。

特別な用事ではなく、
ただの、よくある家族の食事だったと思う。
料理を食べながら、
仕事の話や近況をのんびり話していると、
父がふと思い出したように言った。
「この間、自転車で大山に行ってきた」
私はその言葉を聞き、
少し不思議に思った。
マチャリで大山?
父の自転車は、
ロードバイクでもクロスバイクでもない。
どこにでもある
普通のママチャリだ。
しかも電動ではない。
ギヤも普通の3段変速。
何より父は、
当時すでに七十歳を過ぎていた。
戦前生まれである。
四捨五入すれば、
80歳になる年齢だ。
私は思わず聞いた。
「どうして自転車で大山に行ったの?」
すると父は、
少し考えてからこう答えた。
「いや、特に理由はない。
何となく行ってみた」
あまりにも
あっさりした答えだった。
妻の一言
その話を聞いていた妻が、
笑いながら言った。
「お義父さん、すごいですね」
そして、私の方を見て続けた。
「お義父さんでも行けるじゃん」
その言葉を聞いたとき、
少し悔しいような、
でもどこか背中を押されたような気持ちになった。
父は特別なトレーニングを
しているわけでもない。
普通のママチャリで、
特に理由もなく
大山まで走って行った。
それなのに私は、
まだ一度も
自転車で大山に行ったことがなかった。
大山という山
大山 (神奈川県)は、神奈川県のほぼ中央にある山で、
標高は約1252メートル。
丹沢大山国定公園の一角に位置し、
古くから多くの人が訪れる山として知られている。
登山でも人気の山だが、
サイクリストにとっても
大山へ向かう坂はなかなかの登りだ。
最初はそれほど急ではない。
しかし上に行くにつれて
斜度は厳しくなり、
最後の方は
かなりきつい坂になる。
何となくが一番強い
父は、特別な理由があって
大山に行ったわけではない。
ただ、
「何となく」
だったらしい。
でも、その
「何となく」という言葉が、
なぜか私の心に残った。
特別な目標が
あったわけでもない。
ただ少し気になったから
行ってみた。
もしかすると、
こういう「何となく」の気持ちが
一番強いのかもしれない。
その日、私は決めた。
自転車で大山に登ってみよう。
ただし、この時の私は
まだ知らなかった。
大山の坂が、
思っていたより
ずっときついことを。
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